広島研修

広島研修紀行文 文責:潮珱夕凪

 

2泊3日の広島研修。筆者は研修委員でも班長でもなんでもない、ただの現地行程係という役職だ。道案内したり事前学習で行程を中心になって作成したりするイメージの。そんな筆者の「束の間の非日常」をぜひ読んでいただけると嬉しい。

 

1日目

リュックサックにありったけの夢と希望(!!)を詰め込んでいざ東京駅へ。新幹線をはじめとした幾つもの電車を乗り継いで呉に到着。大和ミュージアムとてつのくじら博物館を訪れる。

軍艦が好きな筆者には至福の時間だった。巨大な戦艦大和の模型を目の前に、叫び出しそうになり、手が震えるままにお土産を爆買い。海軍の帽子を購入する班員が筆者の班では複数名出現。彼らは最終日までその帽子をニッコニコで被っていた(^^)←こんな感じ。

 

2日目

この日は朝、宮島に行ってから平和記念公園を見学する、「「「予定」」」だった。

 

だが!!!

……嘘だろ?

 

JR線がまさかの75分遅延!!なぜ今日に限って特大遅延がかまされるのだろうと思いながらクラスLINEを開くと、もう既に各地の遅延報告フォームに成り果てていた。鳴りやまない運行情報の放送に耳を澄ませ、色々思案する。

 

遅延がショックなのか、単に前日の睡眠不足がたたったのか、頭痛がひどいのでエナドリを自販機で購入してかき消す。(※この時点で既に研修2本目。なお筆者は研修中にエナドリを3本飲んだ

栓を開けてすぐに1本丸々飲み干し、帰国生の友人がくれた海外産激辛ガムを味わう……というか痛みに悶える!のたうち回る!という表現が言うまでもなく適切だろう。

(↑筆者は何をやっているのか?と頭の中を疑問符で埋めている読者の皆様。その「高い倫理感」を大切にしてほしい。限界渋幕生である筆者の切なる願いである。)

 

その後まもなく、電車が奇跡的に到着。15分程度の行程の遅れで済んだのが現地行程係としては安堵でしかない。もう本当に。そんなこんなで宮島口になんとか到着し、フェリーに乗ろうとする。

一つ言わせてほしい。フェリーの名前が「マジ病み」の趣を粛々と感じさせている件について。(個人的に気に入りすぎて↓↓

筆者は!高2になった今に至ってもこの画像を使い勝手の良いフリー素材のように使っている!!!三角関数まじやみ、接線まじやみ、logまじやみ………………(咳払い)

 

こちらは厳島神社。消毒液でお清めするという、この(謎の)状況に爆笑しながら参拝していく。比較的満ち潮に近いのか、水面は海藻の緑で揺らめいていて陽の光をキラキラと跳ね返して眩しい。

この後は広島電鉄に乗り込みお好み焼きを食べて平和記念公園へ。途中、私以外の班員が全員爆睡してしまうという危機を迎える。だが!ここで現地行程係の私が寝てしまうと!電車を乗り過ごし行程が全て台無しになる!

 

膨らみ続ける睡魔と理性的な責任感が拮抗し、「「「かろうじて」」」責任感が勝ってくれたところで平和記念公園の傍に到着した。資料館には、印象に残った展示が数え切れないほどあったが、一つだけでもここで取り上げたい。

 

被爆した後、容体が悪くなってしまう女性の体温記録のグラフがあった。亡くなるまでの何日もの間39~40度の高熱が続いていた。自分に置き換えて想像しただけで苦しくなってしまう展示だった。

 

3日目

最終日となった今日は広島城・縮景園を回る一日だ。

広島城周辺や縮景園には、さまざまな原爆の被害の爪痕が残っていた。改めて原爆の悲惨さを噛みしめる。そして、これらの痕跡を保存して後世に伝えている地元・行政の方々には本当に頭が下がる。78年前にこの地で実際に原爆が落ちたという事実がひしひしと感じられた。

研修中は最終日までずっと晴れていて、縮景園の池は鏡面のように景色を映し出し、思わず息を呑むほどの美しさだった。ガイドの方とともに庭園内を一周する。木々の

間に見えるビルもまた幻想的な光景に寄与している。

 

その後、お土産を購入し新幹線に乗りぐっすり眠り、気づいたら東京駅だった。週6出勤の渋幕生にとっての束の間の非日常。そんな「非日常」は思ったよりハプニングで溢れていた。予め設定した行程通りに行動するのはとても難しかったし、先生に電話したもとでの経路変更も絶えなかった。だが、その先に「どうにかやり遂げられた」という達成感は必ずある。自分たちの手で作り上げた広島研修。この経験を九州研修・今後の学校生活に活かしていきたいものだ。

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